那覇の女子高校生は、カモチャーに乗って御通学。-2

 

那覇の女子高校生は、カモチャーに乗って御通学。-2

うちなー的沖縄

 

荷物のことはさておき軽貨物車は、基本的には運転手を含めて四人乗りである。ということは乗客は三人までということになる。朝の通勤時間、グループの中ではわりと美少女風の高校生が軽貨物車に手を挙げて停める。まず三人乗り込むのだが、それまではどこにどう隠れていたのか。あと二人が、どどど、どどどど、と突入してくる。定員超過ではあるが、でも、それでもいいのである。この手法はタクシーでも用いられるが、その際にはせいぜい一人超過くらいのものであろう。その点、我が軽貨物車は、車は小さいが度量は大きい。一人や二人は大きな荷物と思えば平気なのである、なにしろ、普段の沖縄のおばぁが常連客であり、少々のオーバーは気にならない。

軽貨物車イコール庶民的というのが常識であり、おばぁのみならず、そこらあたりの女子高校生からも支持されているのだろう。高校生諸君からは「カモチャー」と親しまれているくらいなのだから。例えば、雨の日。親切なおじさん車は、校門を突破して校舎のすぐ側に横付けしてくれるとか。何とも素晴らしいではないか。通学時間帯だけではない。南の島のスコールは授業中にも降る。そうなると傘を準備していないだけに帰りが心配である。ところが心配御無用なのだ。実は高校生と軽貨物車のおじさんは以心伝心ホットラインで結ばれている。実際には電話なのだが。携帯電話とピッチ(PHSの愛称)は互換性を持つようになって、いよいよ結束は深まった。以前に利用したとき、おじさんは次のため用ように、携帯電話番号入りの名刺を配っている。

「もしもし、おじさーん、ワタシ、○△高校のさわやかだけどさー、んーんー、違う、ちーかーじゃない、さやかってば。いま雨が降っているわけよー、お願いこっちまで迎えに着て頂戴」

全国広しとはいえども、ここまでサービスに徹っする交通機関があるだろうか。この形態はどうみてもアジア的風景と言える。機械的に乗り込み、機械的に金銭をやりとりするのではなく、そこには同じ地域に住む連帯感がある。地域といえば、軽貨物車は地域限定である。那覇市内の、それもある一定の地域運行主義をとっている。

それほど広くはない那覇市内なのだが、そこの真和志地域という限られた空間を走っている。同じ那覇ではあるが高台が広がる首里などではまず流していない。一度、カモチャーの最大拠点である農連市場付近から自宅のある首里まで家族全員(荷物プラス四人)で乗ったのだが、首里への坂道で車はあえでいた。車は相当にもがいていた。おじさんも愛車に合わせてあえいでいて、随分と気の毒な感じがした。

面白い話を聞いたことがある。ある集まりに、沖縄演劇界の笑いの女王と呼ばれ、庶民から絶大な支持を得ている仲田幸子をゲストとして迎えたらしい。それはかなり政治的な集会だったのだが、通常の街頭ポスターではなく、軽貨物車のみに車内ポスターを貼った。当日、会場は集会とは無縁そうなおばぁ・おばさんたちが詰めかけた、という。カモチャーは沖縄的だ。こうなればジプニーみたいに超派手なペイントをほどこして自らの存在を主張すべきなのでは。白タク行為ではないかと法的に物議をかもしだしているけどね。