那覇には花道のある映画館があった。

 

うちなー的沖縄

那覇には花道のある映画館があった。

昨日から今日にかけて、沖縄は映画ロケのラッシュであった。
沖縄の政治家である瀬永亀次郎を扱った「カメジロー・沖縄の青春」を封切りに、沖縄の混沌とした終戦直後を舞台とした「MABUI」、又吉栄喜原作の「波の上のマリア」をもとに宮本亜門が初めてメガホンを握った「BEAT」、同じく又吉栄喜作で崔洋一監督が久高島で撮った「豚の報い」、沖縄の鬼才・高嶺剛監督の「夢幻琉球・つるヘンリー」、宮古島ロケの日活映画で篠田監督の「きみのためにできること」、そして中江祐司監督の「ナビィの恋」などなど。全部観たのだが、すべてに順番を付けることはとうていできない。どうしても一番はと訊かれたら即座に答えられる。「ナビィの恋」と。それほど面白いストーリーであったし、新発見も多かった。
話はすこしずれるが、崔洋一監督と隣り合わせで飲んだことがある。那覇市内の「うりずん」という店でだ。いつものように友人たちとテーブル席でワイワイ飲んでいるところへ、髭面のおっさんが「ちょっとだけ、掛けさせてください」と隣に座った。あいにく、と言おうかいつものように混んでいた。真横の席だったので、ちらっと顔が見えたくらいだったのだが、しばらくして崔洋一監督だと気づいた。
「久高島でのロケは終わったのですかぁ」「ええ。なんとか」「それはそれは」
会話が途切れて、「待ち合わせですか」「ええ」などと、しばらくはたばこの紫煙のようにいき場のない単発の会話が続いていた。そこへもう一人のサイ監督が登場してきたので思わず片口笑いしてしまった(この表現の訳は実に難しい。ふふっ、
と声には出さずの含み笑いとでも言おうか)。高校野球で沖縄水産高校を率い、全国に名を馳せた栽監督は甲子園同様に「うりずん」をホームグラウンドにして、ときどきは飲んだりしていた。
崔洋一監督と栽監督が同席することはなかったが不思議な取り合わせで、誰かが「サイ監督!」と呼ぼうものなら、たちどころにしてステレオ気味の返事があったはずである。
映画を観なくなってから久しい。なんだか超豪華資本をかけたバブリーなハリウッド・アクションばかりでつまらない。そういうこともあってか、最近の映画鑑賞はもっぱら有線テレビの前で寝そべっての鑑賞になっている。その点、「昔は良かった」と、自分の歳に合ったような台詞が飛び出すほど昔は映画の良き時代だった。