いまや東京にしかない、沖縄的沖縄顔。

 

うちなー的沖縄

いまや東京にしかない、沖縄的沖縄顔。

所要があって東京に行ってみた。ひとつは娘の大学受験に付き合ったこと。後のひとつはCD制作のためだった。(と、とりあえずは予告宣伝的)。たまに沖縄みたいなこころから出掛けていくと、東京は面白いところである。なんだか一番に近い外国だという印象すら持ってしまう。外国での、たとえ短いパック旅行でも食べ物や言葉には不自由する。それからすると相当に楽なところである。これは随分前に女性雑誌での「旅先での失敗談特集」みたいなもので見た話し。せっかく外国、憧れの外国、それも初めての外国。地元の素敵な男性に声をかけてコミュニケーションをはかるべく、まずは中学校で教わった基本的かつ簡易な英会話を駆使してみた。英語の先生からは「勇気をもって会話すれば旨くなる、絶対に通じる」と教わった。そして記念的な第一声を発した。「はぅ・まっち」と。

相手の外国人は驚いて逃げた。いまほど不況ではなく経済が絶好調の時で、エコノミックアニマルと言われていた頃だ。「ナンダ、コノ女ハ。金デ男ヲ買イ求メ二来タノカ」と想像したことだろうよ。

その点、TOKYOは都合がいい。言葉は完ぺきに通じるし、それに食べ物だって比較的だが口に合う。電車だってはまごつくが慣れてくればたいしたことはない。

羽田で降りて、モノレールで浜松町へ。そこからJRで渋谷に向かった。混んでいた電車でのこと。明らかに顔の濃い集団がいた。二十三、四歳の七、八人の若い女性集団だった。この顔の濃ゆさだが、華人系ではないし、コーリア系でもない。もちろんジャポニカでもない。かといって東南アジア系でもない。それをぜーんぶチャンプルーにしたような混合系なのである。目鼻立ちがはっきりしているし、それに何といっても言葉だった。車両中に響くくらいに沖縄らしさを巻き散らしていた

どうも同級生の結婚式があって、ある地方から集団で東京に出てきたという感じである。おそらく沖縄系に違いないと妙に確信していたら、ついには決定的な単語が出てきた。「でーじ綺麗かった」とか「面白かったわけよ」などが混雑する車両を制圧していた。

顔が濃いと書いた。これはすばらしいことである。華人系にしろ、コーリア系にしろ、ジャポニカ系にしろ、どちかかというと顔に確固たる主張はない。ところでこの「でーじ」「わけ」娘達たるや、いずれもモデルではないかと思えるような一群だったのだ。これで純沖縄の言葉に徹すれば、いよいよ国籍不詳になったはずである。

言葉で思い出したことがある。東京に住むある県人から聞いた深刻な話である。